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非人間存在と協働する芸術表現とは何か
大久保美紀(IAMAS・キュレータ)

 展覧会「HUMAN through AI」は、IAMAS博士後期課程に在学する山口達典がIAMASにおける博士研究の一環として企画した展覧会であり、山口自身の研究テーマである「AIとの協働による創造性の発揮」をめぐって、山口を含む五名の作家が多角的な芸術実践を行った。本展覧会は、IAMASが位置する岐阜県大垣市のソフトピアジャパン・センタービル内の一室で開催され、絵画、映像、インスタレーション、参加型のインタラクティブアート作品で構成された。


 山口の作品は、AIとの「協働」を通じて制作した油画のシリーズである。「協働」は次のように行われる。まず、山口が写真から写実的な静物画を描く。それを撮影し、トリミングした細部(変換ソース)と全体の画像(変換スタイル)を画像変換サービス(例えばMy Edit)に解釈させる。そこで生成された画像を粘着性のフィルムに印刷し、もとの位置に貼付する。そこで、今度はAI の出力した画像を画家が解釈し、それを自身の描いた表象部分に広げることによって、絵画イメージ全体の整合性を回復するための加筆を行う。


 ここで行われている「協働」を端的に評価することは難しい。その理由は大きく二つある。第一に、AIによる介入の判断過程が不可視的である。部分と全体を入力として受け取る生成プロセスがいかなる基準に基づいて出力を導くのかを特定することができず、その結果、いかなる判断主体に帰属するのか確定されない。したがって、ここで行われている関係を「協働」と呼ぶこと自体が、批評的に検討されるべき問題として残される。第二に、生成されたイメージを解釈し、その全体への影響を判断するのは画家である。生成画像をもとに自作を描き直す過程において、いかに加筆するかは画家が単独で決定する。したがって、AIは作品の形成に関与してはいるものの、その関係は非対称であり、協働者というよりむしろ提案者にとどまっていると思われる。


 山口がこうした方法を着想することになった背景には《The Next Rembrandt》(2016)の実現がある。あまりに著名なこのプロジェクトは、AIと3Dプリンティング技術を用いて、ING銀行、Microsoft、そしてデルフト工科大学などの専門家が連携し、346点の全作品を分析・デジタル化したうえで、レンブラントのスタイルを精緻に再現した「新作」を制作して世界を唸らせた。以来、AIによる美空ひばりの新曲《あれから》がリリースされ、紅白歌合戦で多くのファンを涙させたのが二〇一九年十二月のことであり、昨今では同じくIAMAS博士後期課程に在籍する石橋友也が自作《神田上水顕微鏡》(2025)において、芭蕉の句を学んだAIが詠んだ句を発表した。なるほど、かつて身体的鍛錬を通じて「まねぶ」ものであった技芸は、今日の人工知能をはじめとするテクノロジーによって代替されうるというディスコースは、私たちにとって一定の説得力を持っている。


 されば、山口の「協働」のスタイルは、こうした事態を目前に、芸術家が途方に暮れることに終始しない、ひとつの道を示すのかもしれない。山口の作品シリーズのタイトルは「Expand」(拡張)である。extendがすでにあるものの尺を引っ張って伸ばすことを意味する一方で、expandは内から外にそのものを膨らませることを想像させる。AIとの「協働」は、画家にとって、驚きや意外さ、あるいは受け入れ難いものとの出会いに自らを晒す契機なのだ。​

 さて、本展覧会の出品作品は、作家によって異なる「協働」が展開される。そのひとつに、非人間的な知性に焦点を当てることで、人間中心的な知性観を相対化する試みがある。宮口哲哉の《FAID》は、カエルとAIによる「異種間音楽」の研究であり、秩序ある音楽的構造を持つカエルの合唱を、AIとともに歌わせる音楽の実践である。本作の構造においては、合唱としてどのような成立が期待され、私たちのロジックが異種の知性とどのような音楽的対話を繰り広げるかは、鑑賞者の想像力に任されるところとなった。後藤汰誓のインスタレーション《Diffractive Intelligence》は、瞬きのようなアニメーションが確認できるインターフェイスと、培養された粘菌、スピーカーから聞かれるサウンドの三つのパートからなる。粘菌は神経系を持たない単細胞生物でありながら、ネットワークを構築し、記憶や予測に基づく判断を行っているかのような「知性」を持つことで知られる。こうした生命が自らを取り巻く音(振動)とどのような環世界を構築しているかは、いまだ十分には知られていない。作品の三つのパートの関係は、見る者の解釈に開かれたままであるが、そうした不親切な構成もまた、異なる知的存在を引き比べることに鑑賞者を導く。田中美羽の《都市の調律》が実践する「協働」は、ある種のディストピア的世界の到来を予見させる。作品では、田中自身の主観データを学習したAIモデルが都市の環境音を自身の心地よい音響にチューニングし続ける。私たちの「快」はおそらく文化的産物であり、私たちは都市に生きている。私たちにとって世界とは、この都市のことである。他方、田中がこだわる主観的主体としての個への注視は希望を感じさせる。最後に、永田一樹の出品作品に触れて本稿を結びたい。永田はこれまで作品にAIを精力的に導入すると同時に、AIを使用することへの批判を作中に取り入れてきた。本展の二つの出品作は、地元のデータセンターの建設計画のリサーチに基づいて制作されており、世界中で利用されるテクノロジーの運用を支えるゴーストエーカー(ghost acre*)の実態に目を向けさせる。
 

 本稿では、山口による展覧会「HUMAN through AI」の「協働」の意味について、山口とほかの四名の出品者の芸術実践を通じて検討してきた。一見ポジティブな「協働」が内包する矛盾や不穏さ、さらには自己批判にすら言及した点で、興味深い取り組みであった。

 


スウェーデンの食料科学者ゲオルグ・ボルグストロムが使い、歴史家ケネス・ポメランツが広めた概念。ある国の経済が、実際の国土の外にある土地の生産力に依存している分を、仮想的な「追加の土地面積」として数える。典型例として旧植民地や海外農地がある。

 

大久保美紀(IAMAS・キュレータ)
 

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Edit 2026.03.18
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